節分から立春へ【天文・暦】意識の旅の切り返し点として
こんにちは
生活のタネをお届けするタネ屋のマルです
今日も私見たっぷりのタネをお届けします。
今日は節分ですね。
節分は年4回ありますが、節分といえば 冬のものという印象がありますね。
それは上の図の様に古くからの「鬼門」という概念が影響しているのでしょう。
過去にもいろいろ書いてますので、よかったら下のものもぜひご覧ください。
土用から節分・立春への流れは、私の感覚では
あるステージから別のステージへいく様なものだと思います。
例えがいいのかわかりませんが、ドラマのシーズンが進んでいく感じ。
1連の流れだけど、微妙にステージが変化しているといった感じでしょうか。
意識とカラダの関係での現象が多いことから、意識の微妙な進化と言ってもいいのかもしれません。
特に、変わり目で意識が内側(潜在意識?)に潜っていく事で、立春で自我を通り越して顕在意識へ昇ってくる何らかの広がりがある様に見受けられます。
なので、意識が外にばかり行っている人と、メンテナンスした人ではその後が変わっているでしょう。
私達のカラダにとって、鬼門とは、潜在意識から自我を通過して顕在意識へ立ち上がってくる現象と見立てることが出来ます。
あえて表現すると下の様な図になるのでしょうか。
自我は私達の自分らしさを作っている部分でもありますので、重要な要素です。
一方で、古代からの行者の修行や聖職者の世界では、自我を超越する事で潜在能力を引き出すことで悟りや超能力的パワーや霊能力を引き出そうと努力していたものです。
現代的に言えば引き寄せなどもこの様な概念に近いですね。
確かに、潜在能力を全開に引き出せたら素晴らしいのでしょうが、そこには自分らしさも個性も存在しない世界です。
現代はテクノロジーとして、こういった事が認識できる様になって来ました。
その時々で、自然に自分自身の枠を広げていくきっかけは沢山あります。
逆にタイミングを間違えると、修行の様にキツくなって来ます。
正に鬼が登場してしまいます。
鬼門は魂の働きの一部とも言われます。
そういった観点からも、自我や個性を持ちながらも、
リテラシー、レジリエンス、そして統合など循環しながら成長できる素地を各自持っているのでしょう。
顕在意識の認識の広がりは、それまで鬼だと感じていた敵が取り込まれ、味方の福として存在感が変わるかもしれません。
行事は行事として楽しんで頂きながらも、是非自分の次なるステージにも楽しみを!
今回のテーマ「」はいかがでしたか?
新しいタネの発見につながっていったらうれしいです。
タネ屋のマル
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筆者:丸山 泰弘
薬剤師、カラダ・キュレーター
KaRaDa.Q(HP)
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CS60(CS60目黒)
カラダ・キュレーション(CS60)
https://karadaq.hatenablog.com/
@taneyakumaru