師走にて 我が師を想う
こんにちは
生活のタネをお届けするタネ屋のマルです
今日も私見たっぷりのタネをお届けします。
本日は12月7日
「新月」でもちろん「大潮」
二十四節気では今日から「大雪」に入ります。
旧暦では十一月一日
現在の暦では「師走」
食いしん坊の私には、「魚」へんに「師」で「鰤(ブリ)」が日曜日からやってくる冬将軍が更に美味しくさせてくれるのでは?と待ち遠しいですね。
鰤は今年は早くから水揚げが好調でスーパーでも安かったので、これが続くのか心配な感じはしますが、季節を味わうにはこれからのものを楽しみたいところです。
前置きに力が入ってしまったのですが、今日は「師走」から「師」というものを私なりに考えてみたいと思います。
「師」は私には欠かせない存在だからです。
多くの「師」に恵まれ、私も「師」とつく資格を使って仕事をしているので、時折考えることがあります。
個人的な話になってしまいますが、学生の頃から私は「師」に恵まれて続けてきたいます。振り返ってみると、多くの職場で仕事をしてきましたが、就職活動は一回もした事がなく、ほぼ縁が次の縁を繋いで・・・の様な感じなのかもしれません。
学生の時も、武道、スポーツもそうですし、ファッション業界、ネイティブ・アメリカンの文化や歴史など趣味的の領域も贅沢すぎる恩師ばかりでした。
ラッキーだったのでしょう。
一方で、私の生き方は恩師に報いているのだろうか?
私は「師」になった事はあるのだろうか?と思う事が時折あります。
いつも自分に言い聞かせる事が、頂いた恩は「師」に返すものではない、
自分が頂いたものを自分の血肉にして、私ができることを精一杯やる事が恩を返す唯一の方法と考えています。
同じように、良くも悪くも私は自分の意思で誰かの「師」になった事は無いと思います。ただ頑張ろうとしている人をサポートする様にはしています。
自分の話しばかりになってしまったので、ここで「師」とは何か?と考えていくヒントをとして「師」の語源や役割みたいなものを一般的な情報の中で整理しながらもう一度眺めてみたいと思います。
「師」とは
一般的には、師匠や先生という意味で使われます。
私の様に技術者や専門職などを指したりもします。
漢字から考えると、中国の軍隊のことで、500人の「旅団」という部隊が5つつ集まって2500人の規模になったものを「師団」と言うので、リーダーや隊長の様なイメージに変わっていったのでしょう。
古典の「温故知新」という言葉は、孔子が「師」のあるべき姿を説いた言葉です。
故(ふる)きを温(たづ)ねて新(あたら)しきを知(し)る、以(もつ)て師(し)と為(な)す可(べ)し(論語)
世界共通で考えると、神話の法則で「賢者」や「メンター」が登場しますがこの人達が今で言う私達の「師」のイメージに近いものかもしれませんね。
導きと智慧を授けてくれるが同行しない。
東洋の世界で言えば「仙人」の様な存在が一緒かもしれません。
私にとっての「師」は、「賢者」や「メンター」という存在に近いのかもしれません。教えてくれるというより「導いて」くれる存在ですね。
自分の人生は、自分のものであるかもしれないけど自分だけのものではないのが明確に見えてきます。
皆さんは、ご自分の「師」という存在はどんな方ですか?
お歳暮や年賀状、または忘年会などいろんな機会に直接お会いしたり、贈り物をする機会があるでしょう。
是非、ご自分にとっての「師」という存在が自分にどんな影響を与えたか思い出すのに絶好のチャンスを生かして欲しいですね。
今回のテーマ「師」はいかがでしたか?
新しいタネの発見につながっていったらうれしいです。
タネ屋のマル
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丸山 泰弘
薬剤師、健康・レストランのコンサルタント
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